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2022.11.22 UP

【連載1/2】
設計士 毛利隆之に聞く
京町家改修でつなぐ
古き良きものと記憶
▽理由・想い編

京町家の歴史と文化を活かしたオフィス

京都の二条駅から徒歩5分のところにある京都オフィス。昔ながらの木造建築の京町家が建ち並ぶ街です。

住宅の要素を取り入れオフィス空間の中に畳間やキッチンがあることで、近隣の住民の皆様にも気軽に見に来ていただける、交流をしていただけるオフィスになっています。

今回は京都オフィスの魅力について設計をしてくださった、鴨川建築工房の毛利さんにインタビューさせていただきました。
改修を受けるきっかけや街並みを崩さない見た目のオフィスづくりについての想いなど。京町家に携わる毛利さんだからこそ生み出された唯一無二のオフィス空間についてお伺いしました。

紅中:今回はインタビューを受けてくださりありがとうございます。2017年に毛利さんに改修していただいた紅中の京都オフィスについて色々お伺いしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

毛利:こちらこそありがとうございます。よろしくお願いします。

紅中:まずは毛利さんが設計士になられたきっかけをお伺いしたいです。

毛利:京都の町家で生まれ育ったため子供時代より京町家への想いが強くありましたね。木造建築でメンテナンスが必要だったこともあってよく大工さんが家に来てくれていたのと、工作が好きな子供だったので小さな工作をしている横で大きな建物を造っている大工さんを見て憧れを抱くようになったんです。
その後、将来の道を考えた時にものづくりに携わりたいという想いを思い出し、設計士を目指すようになりました。

紅中:幼少期からの環境がここまでの毛利さんの活動に繋がっているんですね。ありがとうございます。ではここからは京都オフィスのお話をお伺いしたいと思います。

改修に至る経緯やその想い
住宅とオフィスの改装の違い
京町家の改修を手掛ける理由は?大切にしていることとは何か

改修に至る経緯と想い

ー今回の改修は町家の構造を復活するチャンス

紅中:京都オフィスの改修以前より紅中のことを知っていてくださったのですか。

毛利:はい。紅中さんの中村社長とは幼なじみだったため「紅中」という会社の存在自体は知っていました。ですが、実際に何か一緒にお仕事をしたことはなかったんです。
紅中さんが京都市内にオフィスを移転するに際し、町家をオフィスリノベしようというお話が出ていた頃、偶然にも私から別件で建材の提供をお願いするお話があった(エネマネハウス2017)のでそれをきっかけに設計依頼のお声がけいただきました。

紅中:そうだったんですね。ご縁とタイミングが合って良かったです。

毛利:そうですね、嬉しかったです。

紅中:町家をオフィスに改修する依頼を受けた時の心境はいかがでしたか。

毛利:独立してから本格的な町家の改修に挑戦したことはなかったため不安もありましたが、実際に現場となる建物を見た際にとても立派な京町家だったため是非受けさせていただきたいと感じたのが正直な感想です。

紅中:確かに立派な建物ですよね。外観からなんだか落ち着く雰囲気が感じられます。

毛利:改修前に現場調査に来たときは今とは全然違うものだったんですよ。元々の京町家の造りはとても合理的な構造ですが使っていく間に増築が繰り返されごちゃごちゃした造りになっていたのだと思います。一階の小黒柱が切られていたり、ファサード(※1)がシャッターだったり、壁や廊下の配置が間取りとしてバラバラだったり。
京町家を知る者としては”もったいなさ”を感じました。今回の改修は元の合理的な町家の構造を復活できるチャンスだと思いました。

※1 ファサード
建物の正面デザインのこと。

改修前の状態

住宅とオフィスの改装の違い

ー住宅とオフィスの改装の違いは魅せる演出

紅中:主に住宅を扱ってきた毛利さんが思う一般的な住宅とオフィスの改装の違いとは何でしょうか。

毛利:端的に言えば、「建物の目的とそこで行われる活動」が違うということでしょうか。

紅中:なるほど。具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。

毛利:まず住宅は家族が過ごす場所、オフィスは社員が過ごす場所です。住宅は親しい仲の方が関わる空間ですが、オフィスはそこを使う社員だけではなく近所の住人の方や町の方や来客の方など様々な人が関わる空間です。
オフィスを初めて訪れるお客様は会社のイメージをオフィスから受けることもあると思います。そのためオフィスの改装には「紅中さんのオフィスってこんな感じなんだ。」「こんなのも使っているんだ。」「これどこのだろう。」と来客時に興味を持っていただけるような魅せる演出も必要かなと考えました。

紅中:確かにオフィスから受ける印象はありますよね。私も初めて京都オフィスに訪れた時には「オフィスじゃないみたい」と感じたことを覚えています。

毛利:京都オフィスの中で例に挙げると、オフィスの天井って一般的には平らな天井が多いと思いますが、ここの執務スペースは勾配がついています。毎日通っている社員にとっては慣れてしまえば意識しないことかもしれませんが、たまに来るお客様が見た時に「おもしろいな。素敵だな。」と言ってもらえるような魅せる見た目になっているんです。

一般的なオフィスの平天井

京都オフィスの勾配天井

紅中:まさに魅せるオフィスですね。では、オフィス改装をする際の課題はありましたか。

毛利:ありました。住宅は家族だけにフォーカスして考えますが、オフィスは社員さんの使い勝手の良さを考えながら、いかに会社のイメージとちぐはぐにならない様に空間づくりをしていくかが重要です。私は非住宅の改装の経験は少なかったためその様な空間づくりを考えていくことが課題でしたね。

紅中:その課題を解決するためにはどのようなことを行ったのでしょうか。

毛利:今回の改装に関しての課題解決の糸口は今まで扱ってきた住宅の改装の考え方を取り入れることでしたね。元々の依頼の中で「住宅っぽいスペースを作って、近隣の方が見に来られた時に『あんな古い建物がこんな風になるのなら私の家もしてほしい』という声を掘り起こしたい」ということが目的としてあると聞いていたので、執務スペース以外のスペースに住宅っぽさを取り入れることができました。
そのため自分が普段行っている改装と全く違うことをしなければならなかったわけではなかったので少しやりやすくなった気がしました。

京町家の改修を手掛ける理由は?大切にしていることとは何か

ー「古き良きものを残したい」という想いがありました

紅中:京町家の改修を手掛ける理由をお伺いしたいです。

毛利:手掛ける理由、、、という質問に合っているかはわかりませんが、やはり町家で生まれ育ったことにありますかね。シンパシーを感じていますし、空間として好きなので。

紅中:根底には子供時代からの想いがあるんですね。京町家ならではの魅力に惹かれている毛利さんの想いが伝わってきます。

毛利:はい。例えば古い木造の建物の改修を考える際に鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物に建て替えた方が良いと考える方も多くいらっしゃると思います。もちろんそれぞれの構造の建物にはメリットも魅力もあります。ですが、私自身がなるべくその方法を取らない理由は失われてはならないものがあると考えるからなんです。

紅中:その「失われてはならないもの」とは何ですか。

毛利:古い建物は老朽化による様々な問題もありますが、新築建て替えをすると建物の骨格や使われている古くて良い材料が失われてしまいます。一般の方には伝わりにくいかもしれませんが、私達の目線からするとすごく貴重なものなのです。昔の建築には質の良い、サイズが大きな木材が使われていますが、今の新築で同じものを使おうとすると材料がなかったりコスト的にもかさんでしまいます。
なのでそんな貴重な骨格を捨ててしまうということはもったいないと思うんです。他にも内装に使われている材料にも古くて良いものがあります。

紅中:古き良きものを残していきたいという気持ちが込められているのですね。

毛利:ただ古いだけではなく「良い」というのがポイントなんです。今の新建材は出来上がりの状態が一番きれいで、時が経つとどうしても劣化してしまい見た目は落ちていくと思います。昔は自然素材を多く使っていました。自然素材というのは本物だからこそ時間が経てば経つほど良く見える、味が出る材料なんです。

紅中:一般的に新建材の方が見た目が良いと思われる方が多いように思います、、、。自然素材にも魅力がたくさんありますがコストも高く、扱いにくいというイメージがありますね。

毛利:当初は新建材の方がきれいに見えるかもしれませんが何十年か経てばボロボロになってしまいます。もちろん皆さんがそんな長い目で見ていないしそこを目指して作っているわけではないので安価の方が好まれる傾向があるのもわかります。ですがこのような古い建物が残っていて蘇ることができたのは無垢のものを使っていたからだと思うんです。
もちろん私達が新築する際も100年後まで残ってほしいなという想いで建物を建てていますが、その確率は決して高くないと思います。いろいろな理由はあるとは思いますが、老朽化で壊さないといけないという状況を減らし想い出を持って残してもらうためにはやっぱり本物(自然素材)であることは大事じゃないかなと考えます。

紅中:なるほど。今だけのことではなく長い目で建物を大切にしたいという考え方にすごく感動しました。

毛利:建物が長く残っていくということはこの建物自体の歴史、この時代はこういう人がどうやって使っていたという歴史がまずあるわけです。そしてそこに個人的な歴史も積み重なっていくし、人の記憶に残るようなものがあるはずです。見た目が少しづつ変わっていったとしても建物自体がある限りは誰かの記憶を掘り起こすきっかけになり得ます。
新築に建て替えても場所さえあれば忘れないのではと思うかも知れませんが意外と人って忘れるんですよ。皆さんも古くからある近所のお店がなくなって建て替えられた後、少し時間が経つと「あれ?ここって何があったけ?」と思った経験はありませんか。それってちょっとさみしいなと思うんですよね。

紅中:確かにその現象はわかります。「あれ?こないだまで、、、」ってなる時ありますよね。

毛利:ですよね。なので建物やそこを利用してきた人たちの記憶を大事に思う設計士がいてもいいんじゃないかなって思うんです。建て主さん側にもそのような考えの人が欲しいなと思います。